お墓は好きな場所に建てられるワケではないブログ:2014-01-07


結婚して数年経って、
平穏な日々を送っている今も、
オレにはしばしば眺めている数枚の写真があります。

それは
母親と幼いオレが写った数枚の記念写真。

千葉の街角で、青い染め抜きの花模様の着物を着て、
微笑む母親のそばでにっこりしているおかっぱ頭のオレ。

どこまでも広がる黄色い菜の花畑で、
花に顔をうずめている小さなオレと、
それを見守る母親の優しい笑顔。

長い一本の道を、
手をつないで歩いていく母親とオレの後姿…

子供の頃の思い出の横にはいつも母親がいて、
オレはこんなにも母親に見守られて、
育まれてきたのだという実感が、いつも心を暖かくしてくれます。

でも子育てをしてみて
オレは初めて気がついたことがあります。

それは、
母親との思い出の数々を今日の日まで残してくれたのは、
そのフレームの中にはいない父だったということ。

不思議なくらい、今の今まで気がつかなかった…

息子が生まれて、
オレがカメラを持つようになり、
アルバムを作ってみれば…

そこには、
息子を抱く主人、
息子をお風呂に入れる主人、
息子を息子寝かしつける主人…

オレとの写真なんてまるでなくて、
これじゃ将来うちのむすめはオレが育児放棄をしたと思うかなぁ…なんて
苦笑いしています。

写真という記憶の不思議。
フレームに存在しないという、存在感。

「気づくのが遅くなっちゃいましたね。お父さん」

でも間に合って、よかった。
今までずっと、ありがとう…

控えめな父の深い真心に、
オレは心から感謝しています。

父のおかげで、
オレも母親も幸せな思い出をいつまでも
抱き続けることができるんですね。

当たる 占い
http://petite-petal.com/